此処に在るから、
何もかもが上手くいかなくて、誰も悪くないのに誰かのせいにしたがったり。
何かがあったわけじゃないのに、泣きたくなったり。
そんな自分が嫌で、誰かに八つ当たりをしたり。
自分がひどく嫌な人になっていくみたいで、それが怖かったり。
憎らしい程の快晴だった。
朝の太陽の光で、目が覚める。いつもなら、そういつもなら、良い目覚めになるはずだった。
けれど、なぜだか気分が悪かった。体調ではなく、気分が。
なんとなく、布団を出たくなくて、目覚めてしまった自分を少し疎ましく思う。
ぼんやりと天井を眺めていると、枕元の携帯がアラームを鳴らした。
お気に入りの曲に設定してあるのに、今日はなぜだかひどく五月蠅く感じる。
携帯を開いて、アラームを止めるとゆるゆると布団を出て、支度を始める。
天気のせいか、外はやたら明るかった。
私の気分とは正反対のそれが、ひどく憎らしくてひとつため息を零す。
一限はサボってしまおう、なんて不謹慎な考えをめぐらせながら、通学路を歩いた。
とりあえず教室に入ると、とりあえず荷物をしまう。
いつも通りに友人達と挨拶を交わすが、上手く笑えているのか不安に思った。
するりと、人混みを抜けて静かに教室を出た。
予鈴が鳴る、それを屋上へと向かう途中で聞いたが、足は止めずに屋上への階段を一段ずつゆっくりと登る。
屋上へのドアを開けて、フェンスの近くへ座り込んだのとほとんど同時に本鈴が鳴った。
ふ、と上を見上げると、雲ひとつない快晴が、目に飛び込む。
すう、と空気を肺まで吸い込んでみると、幾分か気持ちが楽になった気がした。
(何で、こんなにもやもやするんだろう。)
ぼんやりと、そのことを考えていたら、ポケットの携帯が振動した。
ゆるりと携帯を取り出して開くと、彼からメールが入った。
「どこにいる?」
なんて、絵文字も何もないただそれだけ。
「屋上。」
同じように絵文字も何も付けず、ただ一言だけ打って送信すると、ぱちりと小さく音を立てて携帯を閉じた。
数分後、屋上の扉が勢いよく開いた。それと同時に息を切らした勇人がそこにいた。
「な、に、してんの…っ?」
「なに…って、サボり…?」
彼の目を見れなくて、目線を空に泳がせたまま、小さく応える。
すると、彼は私の目の前に座り、私の手のひらをその綺麗に整った指で包み込んだ。
「何か、あった?」
包まれているのは手だけのはずなのに、彼の声音で紡がれる言葉はやんわりと私自身を、心までもを、包んでくれるような気がした。
あつい何かが、こみ上げてくる。
吐き出せたら楽になるのに、胸のあたりでつかえて、私を狂わせる何かは、ずっと中に残っているままだ。
「が…、」
「…うん?」
「朝、元気なかったような気がしてたんだ。」
「うん…。」
「やっぱり、何かあったんでしょ?」
そう言う彼の瞳はひどく澄んでいて、一体どれだけの苦痛に耐えたら、彼のような人になれるのだろう、そうぼんやりと思う。
きっと、私自身が強くならなければ到底無理だ、なんて自虐じみた応えを見つけた。
「…わかんない。」
ゆるゆると首を横に振り、そう答えると彼はひとつ苦く笑う。
「じゃあ、何もないから、辛い?」
「…そう、かもしれない。」
実態のない霧は私をどこまでも堕として堕として、黒く染めていく。
それが怖くて、解決法なんて見つけられなくて。
ひとつ、雨が私の頬をつたった。それを見た勇人が優しく微笑って、人差し指ですくい上げる。
「大丈夫だよ、大丈夫だから。」
まるで子供をあやすような手つきで、ゆっくりと丁寧に私の頭を撫でる彼の手が無性におおきくて、あたたかくて。
私は勇人にしがみついて、久方ぶりに制限なく泣いた。
「大丈夫だから、俺がいるから」
彼の声音で紡がれる言葉はまるで魔法のように私を落ち着かせていく。
ゆっくりとだけれど、私の中に残って消えない霧が晴れていくような気がした。
(枯れるまで泣いて、そうしたらまた笑えるようになるから)
「堪えなくていいから、泣けるだけ泣いていいよ。」
「…う、ん……。」
「そしたら、放課後は俺の家であったかいコーヒー飲みながら映画でも見よう?」
「…ん。」
コツリと額と額を合わせて交わしたキスは、ひどく不確かだったけれど、優しかった。