冬の雰囲気が好きだった。
息をする度にむせ返る程の冷気が喉を刺し、少しだけ混じる落ち葉の香りと、いっそ悲しくなる程に澄んだ空気が私の芯まで包むような。

冷たくて、悲しくなるのに。少しだけ寂しくなるのに。
何故か好きだった。



お気に入りの服に着替え、お気に入りのメイクをする。
チークを頬にのせて、瞼を淡いピンクで色付けて、マスカラを丹念に睫に重ね。
仕上がった自分の顔を鏡でのぞき込み、ひとつ笑ってみせる。
瞬間、脳裏に彼の笑顔がよぎる。そんな自分に、軽く苦笑を零すと脳裏に残る彼の笑顔はより濃く映った。


あとどれだけ待てば、彼に会えるのだろう。
もう会えなかったら、なんて考えるのは、毎回のことだ。
別れを想像することは、容易に出来た。そのくせ、幸せな未来を想像することは難儀なことだった。



私よりも20cm程背の高い彼に少しでも並べるように、と踵の高い靴を履く。
歩く度に、ひらりとスカートの裾が広がった。
それを俯いた視線でとらえながら、こんな格好は彼の前でしかしない自分を面白く感じた。

2メートル程先に彼の姿をとらえる。
その姿はいっそ悔しくなる程にきらきらと光っているように私には見えた。

声をかけることを躊躇ってしまうほどに、きらきらと。



「お待たせ。」
躊躇いがちに声をかけると、ふわりと冬には似つかわしくない笑顔で彼は微笑んだ。
ああ、やっぱりこの人には春が似合う、と頭の隅で思った。
「どこ行こうか?」
ゆるりと差し出された手に、自分の手を重ねる。
あたたかくて、大きな手。私の手とは違う、逞しくて広い手。
「どこでも、いい。」
そんな丸投げした私の言葉に、彼はにこりと笑った。



数分先の未来ですら、幸せな図では想像出来ないけれど、
今この瞬間の幸せだけでも、握りしめて逃がさないで、ずっと私の中に在ればいいのだと。
その願いだけは本物だと、彼に知ってもらいたくて
重ねた手のひらを、少しだけきつく握りしめた。


ふ、と彼が微笑ったのを捉えて、幸せを感じるこの一瞬を。



大事に 大事に。


(今がずっと続いたら、限りなく幸せに近い位置にいれるのに)