たとえば、どうしようもなく苦しくて、悲しくて、涙が溢れたとする。
そのとき、涙をぬぐってくれるのは自分なのか。
それが勇人だったらいい、なんて思うことは我が儘なのだろうか。
「どうしたの?」
「ううん、どうもしないよ。」
二人だけの部屋で、ただぬくい温度を抱いて、纏って過ごす時間はなんてあたたかいのだろう。
長い年月を生きてきたわけではないけれど、こういうことを幸せと云うのだろうなんて、生意気にもわかった気がして、ひどく満ち足りた気持ちになる。
勇人の肩に頭をもたげて、髪を梳いてくれる勇人の手がときたま耳に触れて。
ああ愛おしいなぁ、なんて。顔がほころぶ。
「なんで笑ってるの?」
「…勇人が好きだから。」
「…それは、笑うっていうより、ニヤける、だね。」
くすりと息を零して笑う。少し困ったような、それでいて意地悪いような、特有の笑顔。
「勇人といると、ほっぺの筋肉がうまく動かなくなるの。」
「嬉しいこと言うね?」
ふふ、とやさしく微笑って、髪をくしゃりと一回おおきく撫でて。
もしも、私が今この瞬間、死ねたら。
そうしたら、きっと私は天国へ逝ける。そうして、勇人はきっと私のことを忘れない。
そんな酷な想像を見透かしたかのように、彼がきつく私の手を掴む。
「…、ゆうと、痛いよ。」
「…あ、ごめん。」
くしゃり、と顔をゆがませて笑う彼が痛々しいのに、愛おしいと感じる私は残酷なのだろうか。
「…どっかに行っちゃう気がした、から。」
泣き出しそうな顔、弱くて脆いのに、彼は強い。
自分の弱さをさらけ出せる人は、つよい。
もしも彼が泣いていたら、その涙をぬぐう人は私しかいない、なんて自己満足。
それでも、私は。
「ねぇ、ゆうと?」
「…うん?」
首を傾げるその姿が、男の人なのに、ひどく可愛らしい。
「だいすきだよ。」
「ありがと。」
頬にひとつ落とされたキスを、抱きしめる。
(そのあと彼のあたたかさと一緒に、世界が反転した。)