たとえば、彼が苦しい時、嬉しい時、それを一番最初に共有できるのが自分だったらいい。
そういう独占欲はいつも私の中に渦巻いていて、時折ちいさな火花を散らして爆発した。
それすらも彼は嬉しそうに笑って受け止めた。
そういう彼の優しさに触れる度、私は自分が小さくて情けないことを実感して、夜になるとひっそり泣いた。
上手くいかないことは沢山転がっていて、子供のころに夢見た恋愛とは程遠い今に溜息をこぼした。
今を憂うことは出来るのに、今を喜ぶことは少しだけ難しかった。
「私ね、小さい頃、どんだけ夢見てたか、最近やっと知った。」
「なにそれ。」
「小さい頃ってさ、夢とかたくさんあって、たとえば歌手になりたいとか。」
言いながら、毛先をつまんだ。枝毛がある、そろそろ美容院に行かなきゃ、なんて関係のないことが脳裏をかすめた。
「でも歌手になれるのは、ごく少数の人だけ。そういう現実の厳しさとか知らなかったなーと思って。」
「でもいいじゃん、子供の頃くらい夢見たって。」
勇人はそう言って微笑んだ。
ゆっくりと目を細めながら、髪をいじる私の指先を捉えて自分のそれと絡めた。
「あと、子供の頃はもっと恋愛に夢見てた。」
「なんか穏やかじゃない話?」
「そういうんじゃないけど、もっと上手に恋愛出来ると思ってたよ。」
独占欲がこんなにも鬱陶しいものなんて知らなかったし、好きという二文字を言うことが、こんなにも難しいなんて考えてもいなかった。
好きだと思ったら好きだと口にして、そうしたら彼が笑ってくれて、「俺もだよ」なんて言いながら私の頬にキスをする。
そういうシチュエーションは、あまりに現実味がないものなのだと、勇人に恋をして知った。
「俺とは上手に恋愛出来てないってこと?」
絡まる指に少し力を入れて、彼は私を覗き込んだ。彼の短い髪が鼻先を掠めて、少しくすぐったい。
「うん、そう思う。」
「なんで?」
「なんでって…、勇人は思わないの?」
「うーん、なんて言ったらいいかな。」
そう言って、彼は視線を宙に泳がせた。少し考えた後、良い言葉が見つかったのか彼は色素の薄い瞳に笑みをたたえて口を開いた。
「恋愛って難しいなぁとは思うよ。の気持ちが、俺にはわからないこともあるし、そういう時は不安になるし。」
「…それは初耳。」
「今初めて言ったしね。」
勇人の声は、優しくていつも私を包みこむ。
声に不思議な力が宿っているのではないかと錯覚する程に柔らかいのだ。
「でも、一緒にいたいし、が好きだし、じゃなきゃ嫌だし、だから難しいし不安になるけどさ。」
「うん。」
「これからも俺と恋愛しませんか?」
言い終わると彼は少し顔を赤くして、そのあとゆっくりと私の頬にキスをした。
「…返事は?」
「…わかってるくせに。」
「はは、ごめん。でも、がヤキモチ焼きなのも、素直じゃないのも、俺はわかってるし、そういうところも好きだから。」
「…なんか勇人ってずるい。」
「それはもでしょ?」
「なんで?」
「俺に言わせたくて、こんな話したんじゃないの?」
「…違うよ…。」
笑いながら彼が、私の唇に触れるだけのキスをする。
どこからか聞こえる鳥の鳴き声を聴きながら、やっぱり上手に恋愛は出来ないと思った。
理由のわからない涙が瞼の裏で燻っているのを隠すために下を向くと、勇人の意外と逞しい腕が私を抱き寄せた。
「がさ、不器用なのも、俺はわかってるからね?」
魔法のような声音が、私の中に染み込んでいくのを感じる。
彼の存在が、私の中でどんどん質量を増していく。自分が情けなくて、それでも彼と離れたくなくて。
子供をあやすように私の頭を繰り返し撫でる彼の胸に顔を押し付けて、少し泣いた。
focus.
「上手じゃなくていいから、俺も下手だし。」
「…私よりは上手だと思うけど…。」
「どうだろ?でもさ、もう嫌だーって思うまで、…なるべく思われないように頑張るけど、そうなるまで一緒にいよう?」
「…うん…、ありがとう…。」
「こちらこそ。俺と一緒にいてくれてありがとう。」
「………勇人…?」
「なに?」
「……好き、です。」
「…はは、うん。俺も好きです。」
(少しずつ、上手になれるだろうか。)