たとえば、そう神様が本当にいたとしたら。 世界中の何もかもを創造して、何にも揺るがせられない運命だとか必然だとかが、すべて神様の成す事だとしたら。


真夏の太陽が放つ光が、そこら中の草花やアスファルト、家々の窓に反射して視界にちかちかと光の粒を散らすような、そんな午後。 首筋を伝う汗がTシャツの中へと滑り込むその感覚が、鬱陶しいようで愛おしいような不思議な感覚を伴いながら、一歩ずつ地面を蹴る。 じりじりと響く蝉の声も、いつにも増して騒々しく聞こえる車のエンジン音も、全てが夏らしさを帯びているのは、きっと気のせいじゃない。

見慣れた他人の家の玄関先に辿り着くと、一呼吸置いて、インターホンを軽く指で押す。 機械的な音が響くと、ぱたぱたと軽い足音がドア越しに聞こえ、次の瞬間にはドアノブが回され開いた隙間から、 夏らしい華やかな笑顔を浮かべたが顔を覗かせた。
「勇人!待ってたよ、いらっしゃい。」
にっこりという擬音が相応しい笑顔は、いつだって俺の心に花を咲かせ、曇りがちな心に陽を差してくれた。 そう神様がいるとして、こうして彼女と出会え、二人で時間を繋げていける現実も、全て神様の成したことなのだとしたら、 俺はどんなに感謝しても、満足出来ないのだろう。
「お邪魔します。」
頬の筋肉が、すんなりと笑みのかたちを作る。それは何の意識もない、自然な動作。 素直に笑顔を浮かべられる日常、その真ん中に彼女がいる。

「ちょっと待ってて、飲み物取ってくるから。」
そう言われ、頷きで返すと上がり慣れた階段をひとつひとつ上って彼女の部屋へと足を踏み入れる。 彼女らしいシンプルで、少し可愛らしい部屋。 付き合い始めた頃に何気なしにプレゼントしたうさぎのぬいぐるみが、ベッドサイドに置かれているのを見ると、いつだって俺の頬は弛んでしまうのだ。
「お待たせ。」
カチャリとドアの開く音がすると、先ほどより落ち着いた柔らかい笑顔を浮かべたがトレイにふたつのコップと、 いくつかのお菓子を乗せて現れた。 毎度のことなのに、いつだって俺はその度に彼女への愛情が募っていくのを感じる。 それは、ひどく幸福に満ちた感覚で、それだけに少し不安で切なくなるのだ。

他愛のない話を続ける。 昨日の部活で何をしただとか、昨夜のバラエティ番組の何が面白かっただとか、この間行ったカフェのケーキが美味しかっただとか。 一言一言の彼女の言葉が、特別だと思えるのは、きっとそれだけ好きだからだ。 会話が途切れると、彼女はいつも髪を触った。 その行為は癖のようで、毛先を自身の指に巻き付けては離すことを繰り返すのだ。
「…ねぇ。」
「ん、なぁに?」
指に絡みつけていた髪を離すと、彼女はコップに手を伸ばした。 ほんのりと桃色に染まった指先が、はらりと落ちた髪の一束が、いやに鮮やかに視界に映る。
「俺さ、思ったんだ。神様がいるとしたらさ、俺たちが出会えたことってきっと神様のおかげなんだって。」
「どうしたの、いきなり。」
「ううん、なんとなく。」
ふんわりとした笑みを途絶えさせず、首を傾げる彼女の優しさがひどく心地良い。いつだってそんな優しさに救われてきた。
「そしたらさ、俺、神様にすっごい感謝してもしきれないなぁって思って。」
「そうだね、私も同じ。」
はにかんだように笑う彼女の、表情も嘘じゃないと信じられるこの心を与えてくれたのは、間違いなく彼女自身だ。 そしてその彼女と巡り合わせてくれた神様がいるのなら。

「私ね、神様がいるのかわからないけど、いわゆる神様っていうのは自然そのものなんじゃないかなって思うの。」
コップについた水滴がするりと流れて机に水溜まりを作っていく。
「へぇ、面白いこと言うね。」
「だって、天気とか花を咲かせるのとか、人工的に出来る部分もあるけど、そうじゃないことの方が多いでしょ? そうしたら、そういう人の力の及ばないところで起こる自然のことって、神様って云える気がして。」
彼女のそういう独特な感性は、俺の心にいつも新鮮な響きをもたらし、あたたかな水を恵ませる。 人と少し違うといえばそうだし、そんな彼女に安心する俺も大概なのかもしれない。

「でも、どっちにしろ、私も感謝してもしきれないね。」
勇人に出会わせてくれて、ありがとうって何回言ったら気が済むんだろうね? そう言って笑った彼女の額に軽く唇を寄せると、彼女はまるで猫のように喉を鳴らし身をよじった。



Precious days




「そうだ、今度会える時は、公園行こう?」
「うん、そうしよっか。」
「天気が良かったら、の話だけど。」
「ふふ、楽しみ。」


(ひとつひとつを重ねて、特別にすること)