彼はいつだって笑みを絶やさなかった。
人の良い、人懐こい笑顔を浮かべて、誰にだって優しく暖かく接する彼は、私の憧れだった。
私もああいう人になりたい、と初めて彼を見た入学式の日に思った。
話したこともない相手なのに、ただ彼の笑顔を見た時に、なんとなくそう思ったのだ。
初めて話した時、彼は私の好きな笑顔を浮かべて、時折くしゃりと笑みを更に深めて、私の話に相づちを打っていた。
その姿を見て、彼は私の思う通りの人だったと、何故かやたら安心した。
「さん、今日なんか雰囲気違うね?」
朝、いつものように席について引き出しに教科書をしまっていた私に、彼はそう声をかけた。
「そう、かな?」
確かに今日はいつもと違うメイクをして、服装もいつもより女の子らしいけれど、まさか彼がそんなところに気付くとは思ってもいなかった。
不意に起こった出来事に私の胸は急激に速度をあげて、心臓が口から出るのではないかと思う程、緊張していく。
「うん、スカート穿いてるの珍しいよね。いつもジーンズでしょ?」
彼の席は、私の隣だ。音を立てて椅子を引いて、先ほどの私と同じように教科書を引き出しに詰め込み始める彼は、何気ない顔をして言葉を続ける。
「さん、足長いからジーンズ似合うなって思ってたんだ。」
最後の教科書をしまうと、彼はこちらを向いてにっこりと、人を惹きつける笑顔を見せた。
「…私、足長くないよ?」
「そう?でも似合うと思うよ。」
ふわふわと、ゆるやかに微笑う彼が眩しい。
この気持ちは恋なのか、ただの憧れなのか、自分自身よくわからなかった。
けれど、確かに彼は私の中で特別であり、それは誰にも知られたくない気持ちだった。
「あ、りがとう…。」
「どういたしまして。でもスカートも似合うね。可愛い。」
いつもの笑みを崩さずに、彼は私を褒めそやした。
その笑顔で、そんな言葉を言われたら、誰だって彼に惚れてしまうのではないかと、少し不安になる。
私ももしかしたらその一人なのかもしれないと、錯覚にも似た確信を得る。
「栄口くんて、ずるいよね。」
「え!?なんで?」
「だって、その笑顔はずるい。きっとみんな栄口くんの笑顔大好きだよ。」
そう言葉にすると、彼は少し顔を赤くして、はにかんだ。
こんな笑い方もするのか、と新しい顔を知ることが出来て、またひとつ彼の存在感が増していく。
恋かもしれない。そう思った直後だった。
彼はひとつ息をはいて、私を真っ直ぐに見ると、口を開いた。
「さんのそういうところも、ずるいと思うよ。」
「そうやって、人のころ喜ばすこと、素直に言えるから。」
そういうところ、好きな人は沢山いるんじゃないかな?
そう言うと彼は、私の視線から逃げるようにして顔を逸らした。
赤く染まっている頬は、どうしてだろう。
どうして、私の頬も彼の頬も赤くなっていくのだろう。
会話が途切れる。ぎこちない雰囲気が、私たちの間を流れていく。
気恥ずかしいような、それでいて心地良いような不思議な空間が、愛おしかった。
いつまでもこんな時間が続けばいい、そう願ってしまう程に。
心の奥底で芽生えた、くすぐったい名前を孕んだ気持ちには、当分気付かない振りをしていよう。
灯した明かりを
抱きしめる
(もう少し彼を知ったら私はもっと彼を好きになる)