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冬の風は冷たい。
たまに、自分が何をしたいのか、わからなくなる。
自分が今悲しいのか、嬉しいのか、それすらもが把握出来なくなってしまうときがある。
其れはほとんど発作的に訪れて、私の中の歯車を急激に狂わせる。
「死にたい」とか「消えたい」という感情ではないけれど。
それに似た衝動。
「透明人間になりたい」
誰にも気づかれずに、誰にも見られずに、誰にも邪魔されずに。
外界をすべてシャットアウトして、自分という存在が誰の中からも消えてしまえばいいと。
気にかけられると、悲しくなる。
そのくせ、放っておかれると寂しくなる。
それなのに、誰にも気づかれたくない。
矛盾だらけの自分だからこそ、わからなくなってしまうのだ。
それが私だ、と認めようとする度に、胸の奥の奥がキリリと痛んで、泣きたくなる。
けれど、涙は流れなかった。
余計に、苦しい。
午後の授業をサボることには慣れていた。
するりと騒がしい教室を抜けて、廊下を歩く。私の足音など、周りの騒音にかき消されるだけだ。
階段をゆっくりと上がり、屋上のドアが高い音をあげながら開く。
冷たい空気が一気に肺に流れ込んできて、少し咳をした。
ゆっくりとフェンスに近づき、もたれかかる。カシャンと小さな音を鳴らしながら。
どのくらい、そうしていただろう。
ただ酸素を吸って、二酸化炭素をはき出すという行為を繰り返すだけの時間。
脳は回転しているのか、していないのか、それすら虚ろな状態でしばらく空を眺めていた。
ふ、と足音がした。
振り返ると、風が吹いた。
前髪が、目にかかる。
風になびいた髪をおさえるようにして目を向けると酷く悲しそうな顔をした勇人が其処に居た。
「…あのさ、」
「…うん。」
「…ごめん、その。」
「……なんで謝るかな、別に勇人は何も悪くないのに。」
「でも、」
酷く辛そうに、眉根を寄せて。
「が教室出てくの見てたんだけど、追いかけらんなくて。」
「どうしよう、ってずっと思ってて。」
必死に言葉を選ぶ彼が、酷く痛くて、その言葉の意味を考えられなかった。
「…情けなくて、ごめん。」
最後をそう結んだ彼は、へたりこむようにそこに座った。
「ねぇ勇人。」
「…うん。」
「…私ね、今、何も考えてなかった。」
「うん。」
「ごめんね、勇人が辛い思いしてるのに、」
「私は何も考えてなくて、ごめんね。」
そう言うと、彼は困ったように顔をうつむかせ、ゆるゆると首を振った。
似たもの同士の私たちは、たまにこうして二人で傷を舐め合うのだ。
それ以外に、お互いが楽になる方法を知らなかった。
私たちはあまりに幼くて、お互いがお互いに依存することでしか、個々の存在を認められなかった。
涙は流れなかった。
彼も泣いてはいかなかった。
泣くことを我慢しているのか、涙が流れないだけで本当は泣いていたのか。
肩をふるわせて、ひどく緩やかな動作でお互いを抱きしめた。
(いつか、俺たちも笑って泣ける日が来るのだろうか)
優しいから、酷になる。
正義も不義も曖昧だから、困惑する。
それが世の中だというのなら。