たとえば、自分が転んだり躓いたり立ち止まったりしたとき、それをすごく情けなく感じるだろう。
弱いとか、狡いとか。そうやってどんどんと深みに嵌っていって、嫌悪や葛藤の渦から抜け出せなくなってしまったりする。
「、どうしたの?」
「どうもしない。」
彼女が小さく呟く。そうして、ゆるく笑ってみせた。瞳の奥が、濁っている。
見逃すわけがない。
俺はいつだって、彼女を見ているのだ。彼女の表情、言動ひとつで、様子がおかしいことに気付くのだ。
それがどんなに些細なことでも、心配で気が狂いそうになるし、助けたいと思うのだ。
彼女は何時だって強がってみせた。
きっと本当は、辛くて悲しくて今にも泣き出しそうな筈なのに、何もなかったような顔をして表面を取り繕った。
強く在りたいからなのか、そうしないと崩れてしまうからなのか、俺には解らなかったけれど彼女が苦しんでいるとわかっていながら、
何もしてやれないのは、俺の生活に苦痛を伴った。
現在、俺の隣で小さな体を己自身で抱きかかえるようにして座っている彼女は、ひどく弱っている。
「ねぇ、何かあったの?」
「ん、何もないよ。大丈夫。」
ありがとう、そう呟いて彼女はまた嘘つきな表情をしてみせる。
鈍く傷むのは俺の心臓か、彼女の心臓か。
「あのね、。」
彼女の小さくてか細い手を痛いくらいに握ると、彼女は顔をあげた。
頼りなく揺れる瞳が、俺をひどく焦らせる。けれど、焦ってはいけないのだ。待つということが必要な時だってある。
「言いたくないなら、言わなくていいよ。」
「でも、今みたいな時、俺を隣にいさせて欲しい。」
悩んで、苦しんで、泣いて、空回って、そうやって人は強くなっていくのだけれど、
それを見守るだけというのは、正直辛い。
助けてやりたいのに、どうしようも出来ないのだ。彼女自身が、俺に苦痛を打ち明けることを拒むのなら、俺にそれを強要出来る筈などない。
ただそれでも、僕は彼女を楽にしてあげたいと思う。
たとえそれが塵ほどの助けにしかなっていなくても、俺は彼女の笑顔が見ていたいのだ。
傍にいて、抱きしめることしか出来なくても。ただ何気ない会話しか出来なくても。
それでも、彼女が俺のその行為に救われているのだと信じていたい。
そして何より、俺自身が彼女の傍にいたいと願うのだ。
たとえその行為が苦痛を伴うのだとしても、俺は傍で見守っていたいと思う。
苦しい時、悲しい時、彼女が何も言いたくなくても、ただ傍にいることだけは許して欲しい。
そう言って、彼女の瞳を真っ直ぐに見ると、彼女はやんわりと微笑んだ。瞳の奥が明るい、本当の笑顔だ。
「うん、そうしてくれると嬉しい。」
「許すとかじゃなくて、そうして欲しい。傍にいて欲しい。」
俺の手を強く握り返し、ひとつ頷いた彼女は、なんて澄んでいるのだろう。
「私ね、強くなんてないんだ。人並みに弱いんだよ。」
しばらくの間の後、彼女はポツリとそう呟いた。
「うん…、誰だってそうだよ。」
「でもね、私って強く見えるんだって。強くなんて見られたくないよ。」
こんなことで、いつまでも悩むくらい弱いのにね。
そう言って苦く笑う彼女の瞳が、一瞬揺れる。泣くのを我慢しているのだとわかった。
「は、きっと…」
慎重に言葉を選びながら、俺は声を発した。彼女は、真っ直ぐに俺を見て、次の言葉を待っていた。
これから紡ぐ言葉が、果たして彼女が望むものか、わからない。
彼女を元気付けることが出来る言葉なのか、彼女を救える言葉なのか、分からなくて、怖い。
けれど、きっと何かの手助けにはなるはずだ、そう信じて、己に言い聞かせて、口を開ける。
唇を動かして、喉の奥から出てくる言葉に、自分自身で耳を澄ませていく。
「きっと、は自分で思うより強いんだと思う。」
「そんで、俺が思うより弱いんだね。」
彼女が首を傾げる。そうして、もう一度、弱いのだと力なく首を振った。
「ううん、自分を過小に見すぎてるんだよ。」
「きっと俺が思う以上に弱いんだと思う、けど、自分で自分を弱いって思うのは…」
「強くなりたいって思うからでしょ?」
自分自身を弱いと思うことなら、誰にだってある。
本当に弱い人は、そこで悩んだりなどしないはずだ。弱い自分で良いと思うのなら、悩まないのだ。
人は誰だって強くなれるから。
強くなりたいと願えることは、強さへの第一歩なのだと、思う。
「俺も、正直、は強いって思ってたよ。」
「うん。」
「でも、俺がそうやって思うことが、を辛くさせてたんだよね?」
「…そう、なのかな。」
「だと思うよ。」
自分を取り繕うのは、決して悪いことではないと思う。
笑いたくなどないのに、笑ったり。泣きたいのに、我慢したり。
そういう風に、自分に嘘をつくことは、時に必要なことだ。それを、出来るかどうかは、自分自身の問題であり、活路であるはずだ。
「弱いがいて、強いがいて。」
「それじゃ、ダメかな。」
「どういうこと…?」
たとえば君が弱くなってしまった時、俺が傍にいて支えて。
そして、もし俺が弱くなってしまった時は、君が俺を支えてくれる。
2人で一緒に支え合うことが出来るのなら、それで俺たちは『逞しく』生きることが出来るんじゃないか。
2人一緒なら、きっと上手に生きていけると、人は誰だって誰かに寄りかかって、寄りかかられて生きていくものだと、
そう認めては、いけないのか。
「なんのために、俺はの話を聞くの?」
「なんのために、は俺に話してくれたの?」
きっと支え合うため、でしょう?
彼女の手をもう一度、きつく握りしめる。そうして、ゆっくりと彼女の手を引き、その小さな体を力いっぱい抱きしめた。
彼女の一部を俺の一部にして、俺の一部が彼女の一部になるように。
そうやって、徐々にお互いが逞しくなればいいのだ。
何度転んだって、躓いたって、立ち止まったって、いつかは前に往けるはずだ。
大切なのは、弱い自分を認めて、受け入れてあげることなのだと、自分自身に言い聞かせるように、そして彼女が歩けるように。
活路をひらく
きっと誰もが、弱さを抱えて生きている。