答えの見つからない問いは、自分の中に沢山あった。
誰に聞くことも出来ない、誰に聞いてもわからない。そんな問題は、ありとあらゆるところに転がっていて、私を困らせた。
どうして人は悩むのか、
どうして訳もなく悲しくなったり、泣きたくなったりするのか、
かと思えば何事もなかったかのように、次の日には笑えたり、
誰かを好きになれなかったり、
誰かを好きになったり。
そういう己の理解の届かない場所で起きることに、明確な理由を欲しがる私は、幼いのだろうか。
頭を回転させようと、思考をめぐらせればめぐらせる程、欲しい明確な理由は不明確となり、答えは何時まで経っても見つけられなかった。
太陽が、薄い雲に覆われて鈍く光を放つその姿を、ぼんやりと眺める。
本来ならば眩しい程の光を放つ太陽がぼやけて見えることが、今日はひどく哀しく感じられた。
人の気持ちは天気に左右されると、何かで読んだが、あながち間違いではないのだろうと身を以て感じる。
「あれ、?」
ふわり、と今日の天気には似つかわしくない朗らかな声がした。
屋上の少しだけかさつくコンクリートに寝かせていた上体を起こし、声の主を見やると、そこに居たのは水谷だった。
「どーしたの、こんなところで。」
「ん、授業に出るの面倒くさくて…サボっちゃった。」
「あはは、俺も同じ〜。」
にこりと、笑みを浮かべながら、隣に座る彼を横目で捉える。
「ってか、、スカートなんだから寝転がったらやばいよ?」
「なに、見たの?」
「や、見てないけど…。」
見せてって言ったら見せてくれる?なんて冗談を言う彼の頭を軽く叩いて、また上体を寝かせる。
雲に覆われた太陽の姿を見ないように、目を瞑った。
これ以上、哀しくならないように。
「?」
「なに?」
「なんで、目瞑ってんの?」
「太陽が隠れてるから。」
「…?…そっか。」
彼が私の言葉を理解していないことはわかっていた。けれど、わざわざ説明することでもない、と私は口を噤む。
「なぁなぁ、。」
「なに?」
「なんかさ、悩み事でもあるの?」
「……。」
急速に的を射られたような、見られたくないものを見られたような、そんな感覚に襲われて体が強張った。
「当たりでしょ?」
仰向けた上体を彼のいる右に傾けると、厭味さえ感じられる程にこやかな笑顔と視線が交差した。
私はこんなにも得体の知れない鬱蒼とした気持ちでいるというのに、彼はあんなにも朗らかな笑みを浮かべている。
その事実に、自分でも驚く程の嫌悪感を抱き、胸のあたりに黒く濁ったものが溜まって血に流れていくのを確かに感じた。
自分がひどく嫌な人になっていくのを、止めもせずに受け入れる私はなんて意地悪いのだろう。
「…なんか、むかつく。」
小さくまるで譫言のように呟いたけれど、彼はその言葉を逃がさずに捉えてくすりと笑った。
「そういう感情をさ、大事にしてよ。」
「は?」
にこりと笑う彼が、憎かった。
「はさ、いつも難しい顔してるから。」
「きっと俺にはわからないような、何か大きなことを考えて苦しくなるんだろうって思ってた。」
ひとつずつ、慎重に言葉を選びなら、彼の朗らかな声が繋がっていく。
それはひどく心地よくて、けれど不安定で、私の中の黒く濁った血は、速度を速めていった。
「よくわかんないよ。」
「わかんなくてもいいから、聞いて。俺の話。」
言われるがままに、彼の言葉に耳を傾ける。
私は、救われたかったのかもしれない。
特別苦しいわけでも、助けを求めていたわけでもなかったけれど、なぜだかそう思った。
自分自身の気持ちすらも、わからないのだ。他人にそれを求めたくなるのも、無理はないはずだ。
そう理由を付けるのは、きっと私の悪い癖だ。
「たとえばさ、今日みたいに曇りの日は、なんとなく気分が沈むでしょ?」
「…うん、そうだね。」
「それにさ、理由なんてなくて良いと思うんだよね、俺。」
「理由がないと気持ち悪いじゃない。」
「そう、気持ち悪いんだ。でも、そうやってもやもやしたり、悩んだりするのってすごく大事だと思う。」
彼が伸びをしながら、私の隣に寝転がる。
私と同じように曇った空を見上げ、淡々と言葉を紡ぐ彼は、ひどく大きかった。
「理由はないのに苛つく時も、なんだか落ち着かない時とかも、」
「全部、理由なんてなくて、ただそういう日なんだって、受け止めてあげんの。」
「そうするとさ、すごく世界が広く見えるんだ。」
彼が両手を目一杯広げる。そして私の目を見て、笑みを浮かべる。
「…わけもなく泣きたい時も?」
「そう、悲しいとか嬉しいとか、そういうのって全部俺らが生きてる証じゃん?」
彼の指がするりと私の目元に触れる。
「泣きたいなら、泣いていいんだよ。」
くすりと笑う彼に、悔しくなった。
球児の割に綺麗に整った指に自分の指に絡ませ、ぎこちなく撫でると彼はさらに笑みを深くした。
「今は…別に泣きたくない。」
「うん、なら良いんだ。」
理由が見つからないのなら、理由がないという事実を受け止める。
それは酷く難しいことのような気がした。けれど、彼が言うように、何もかもを受け止めて生きられたら、辛くても悲しくても最後には笑っていられるのだろうか、なんて。
私の中にときたま流れる黒く濁った血は、未だに浄化されないけれど、それでも少しずつ透き通った水のようにさらさらと流れを落ち着かせていくのだろう、と思った。
「水谷って…」
「うん?」
「ばかだね。」
「え、何それ、ひどくない?」
彼がわざとらしく哀しみを含めた声をあげたけれど、それはどこか優しさと温かさを帯びて私の聴覚に伝わった。
薄い雲に覆われた太陽の鈍い光も、これから上手に愛せるようになるだろう。
それはまだ不明確さを帯びた確信だったけれど、それでも私は少しずつ少しずつ、前に往けるだろう。
虹彩の浮かぶ日常へ
「水谷?」
「うん、なに?」
「…ありがとう。」
「…どういたしまして。」
(何のための感受性だ、色々なことを感じ生きていくからこそ、世界は色褪せないんだ。)