もしも私に魔法が使えたら。もしもそんな力があったら私は時間を止めるだろう。 魔法でなくても、そんなことが出来る何かがあるなら私は今すぐに時間を止めただろう。 今が終わらなければいい。ずっとこのままでいたい。


年が明けて新学期が始まった。 周りはすっかり受験モードになっている。それまで受験の一言も出さなかったような人たちまでが、参考書とにらめっこを始め出した。 そんな中、私は刻一刻と迫る最後の日に焦っていた。 怯えていると言った方が近いかもしれない。 もうあと二ヶ月もないのだ。そうしたらもうここにはいられないのだ。

毎年冬になると、寒さに身を縮こまらせ早く春になれ、と願っていた。 けれど、ここにいられなくなるくらいなら、春など来なくてもいい。ずっと冬のままだっていい。 ここにいたいのだ。卒業してしまったら、もう彼とは会えない。 同じ学校にはいられないのだ。 ここにいれば、いつだって顔は見れたし、一日に何回かは話だって出来る。 しかし特別仲が良いわけではないのだ。高校生になって学校が違うとなれば、休日にわざわざ会える仲ではない。 だから、ここにいたいのだ。このままでいたいのだ。


「ぼーっとして、どないしたん?」
肩を叩かれて振り返る。顔を見なくても、声だけで誰なのかわかるのは彼だけだ。 低すぎず、高すぎない、優しい声音も彼の武器だろう。
「ぼーっとしてないよ、考え事してただけ」
「なんや悩み事か?」
言いながら前の席へと腰掛けるその動作ですらが狂おしい程に愛しい。
「そういうんじゃないけど。もうすぐ卒業かーって思って」
言葉にするとそれはより現実味を帯びて、すぐに私は後悔した。 真綿で首を絞めるように、じわじわと私を追い詰めていく。ゆるやかに、でも確実にその日は近づいてきているのだ。
「せやなぁ、早いわ」
目を細めて彼が言う。そう、早すぎるのだ。


「白石くん、高校行ってもがんばってね」
「なんや、まだあと二ヶ月くらいあるやろ」
「じゃあ、あと二ヶ月弱だけど、よろしくね」
「はは、こちらこそ」


少しの沈黙の後、ふと目が合った。
「やっぱり、さっきの訂正してもええ?」
「うん?」
言いにくそうに彼はひとつふたつ頬を掻いた。



冬にしては、あたたかな日差しが窓から入り込む。 今が一番陽の高い時間なのだろう。黄金色の日差しは、彼のミルクティー色の髪と、同じ色の瞳に光を散らしていた。 今がずっと続けばいいのに。そう思えば思うほど、ちくちくと体中が痛む。 こんな風に彼と話せるだけでいい。それだけで、私の日常は鮮やかに彩られていくのだ。ただ彼がそこにいるだけで。



彼がひとつおおきく息を吸った。
その整った形の唇から紡がれる言葉を待つ時間さえもが愛おしい。

「あと二ヶ月だけやなくて、よろしくして欲しいんやけど」
「…うん?」
「せやから、卒業してからも、ってことや」
「ほんと?ありがとう」

彼の優しさが、痛いほどに好きだと更に実感させられる。嬉しいのに、痛い。 より一層と募っていく気持ちに、行き場はないのだ。


「…意味わかっとらんやろ?」
「え、どういう…」

続けられた言葉は、チャイムの音に重なって、それ以上聞くことは出来なかった。 この授業が終わったら、もう一度。もう一度だけ聞かせて欲しい。 夢じゃないのなら、彼はまるで魔法使いだ。



hereafter


「白石くん、さっきの…」
「つまりそういうことや」
「えっと、もう一回聞かせて欲しい、んだけど…」
「…そしたら返事聞かせてくれるんか?」
「…うん」


「…これからも俺と一緒にいてくれませんか」