恋愛は難しい。いつからか、そう思うようになった。
人として好きと思う人は両の手でおさまらない程、沢山いた。
ずっと付き合いを続けたいと思う仲間も、それなりにいた。
そういう"好き"と、恋愛の"好き"は何が違うのだろう。そう考えると、恋愛というものはとても難しいことのような気がした。
好きという感情に、種類があるのか、ないのか。いつから、そんなことを思うようになったのだろう。
「さん、真面目やから。」
そんな話をすると、彼はそう笑った。
困ったような、それでいてあたたかい、彼独特の笑い方だ。
彼のその顏が、私はとても好きだった。不思議な心地よさを私に与えてくれるその笑みは、彼のどの表情よりも魅力的だった。
「もちろん白石くんのことも、好きだよ。」
「はは、光栄やな。」
下がっていた眉を和らげて、彼は色濃く微笑った。
周りの空気の質感を、やんわりとそれでいて濃密にさせるような、あたたかい表情。
それが彼の魅力で、周りの女の子たちは、きっと彼のそういうところが好きなのだろうと感じる。
「白石くんは、どう思う?」
「せやなぁ…、」
顎に手を当てて、彼は視線を宙にさまよわせた。
澄んだ明るい茶色の瞳は、ほんのりと夕焼けの色を交えて、それだけで絵画のような雰囲気を漂わせる。
「変な話ちゃうけど、俺はテニス部のやつらのこと好きなんや。
けど、その好きは、恋愛の好きとはちゃう。ほんなら、恋愛の好きってなんやろーって、さんが思うのってこういうことやろ?」
「うん、そう。」
「そしたら、その人として好きって人の中に、キスしたいとか思う人がおる?」
「うーん、わからない。」
「そか。」
言いながら彼は笑った。
「極端な話、そういうことやと思うで。」
「え?」
「手を繋ぎたいとか、キスしたいとか、特別でありたいって思う気持ちがあったら、それは恋愛の好きになるんちゃうかな?」
そう言うと彼は目を細めて、窓の外を眺めた。
同じように視線を向けると、空はもう茜色に染まっていた。
時折吹く風の音が、少しだけ開いた窓から入り込み、教室の中をぐるりと回ってまた抜けていく。
さらさらと音を立てて循環する空気と、ふわふわと舞うゆるやかな時間が、確かに在った。
「俺は、さんのこと好きやで。」
風に乗って囁かれた言葉は、茜色に染まりながら空気を震わせた。
「ほんと?ありがとう。」
窓の外で、数羽の鳥がはばたいたのを眺めながら私は笑った。良い日だと思った。
恋愛の好きは、まだよくわからない。手を繋ぎたいとか、キスをしたいとか、そういう気持ちが私にはまだ芽生えない。
それでも、いつかきっと。身を焦がし、狂おしい程に、誰かを想える日が来るような、そんな気がした。
「さん。」
「うん?」
名前を呼ばれ、視線を彼へと向けた。
淡い茶色の瞳を細めて、彼はまた困ったような、それでいてあたたかい笑みを浮かべている。
「ごめんな、俺の好きは、恋愛の"好き"やねん。」
「…え?」
「うん。今やなくていいから、考えてくれへんかな?」
「何を…?」
「俺への"好き"が、恋愛の"好き"になるか、どうか。」
息を吐いて、彼が濃密に笑った瞬間、空気の密度があがった気がした。
「…はい。」
「おおきに。」
恋愛は難しい。
天から降ってくるように、恋が訪れたら、私はそれに従えるだろう。
may.
そんな日が訪れることを、神様はもう知っていたのかもしれない。