太陽の光がちかちかと視界に虹彩を散らす午後だった。 窓から入り込む風が、薄いカーテンと机の上に開いた雑誌を音をたててめくっていく。 初夏の空気を孕んだ熱は、俺をただ昂ぶらせて、焦らして、体内を循環していった。



久しぶりに部活のない休日。それを知った俺は、弾む気持ちでに久しぶりにデートにでも行かないかと誘いのメールを送った。 彼女は、そんな俺のメールに『謙也の家でゆっくりしよう』と可愛らしい絵文字付きで返してきた。 恋人らしいデートなど、まだ数回しかしてやることが出来ていない俺は、そんな彼女の返事に少しだけ落胆し、 それでも了解の一言を返し、休日に向けていそいそと部屋の掃除をしたのだ。


そしてやってきた休日の朝、との快適な二人きりの空間を創ろうと思い、家族を家から必死に追い出した。 それでも気が済まなかった俺は、彼女が家に来る数時間前、待ちきれずに迎えに行こうかと彼女に電話をかけた。 すると、彼女は電話越しにくすりと笑い、家でゆっくりしていて、とその柔らかな声音で俺に伝えた。 そう言われると俺は頷くしか出来ず、彼女が来るまでの間、家中をそわそわと歩き回り、時計をひたすらに眺め、一分一秒でも早く彼女の姿を見れるのを待っていたのだ。 彼女の足音であろう、ヒールがコツリコツリと地面を踏む音が窓から入り込んでくるのと同時に、勢いよく階段を駆け下りると、 俺が玄関に付いて程なく、インターホンの機械的な音が家中に響いた。 何故だか震える手でドアを開くと、可愛らしい小花柄のワンピースの裾をひらつかせながら、玄関先で花のように笑うの姿が視界に映る。
「い、いらっしゃい…?」
「ふふ、何それ。お邪魔します。」
彼女を家に呼ぶのは久しぶりで、迎えの言葉を言うのがいやに気恥ずかしく、思わず疑問視をつけてしまった俺に彼女はくすりと小さく笑い、 コツリと音を鳴らしながら、ドアをくぐった。 その度になびく彼女の髪や、スカートの裾がいやに扇情的に見えて、疼き出した己の核を叱咤する。

「謙也の家に来るの久しぶりだね。」
「せやな…すまんな、部活ばっかで…。」
「あ、ううん、それは全然いいよ。だって謙也がテニス好きなの知ってるし、テニスしてる時の謙也も好きだし。」
脱いだ靴を綺麗に並べ端に寄せながら、彼女は笑った。心臓がおおきな音を立てて跳ね上がる。 顔に熱が集まり、上気していくのが嫌という程にわかった。
「ほ、ほな、先部屋行っときや!飲みもん取ってくるから。」
赤くなってしまった顔を隠すために勢いよく台所へ駆けていくと、後ろから彼女の小さな笑い声が聞こえた。 とんとんと階段をあがる音を聞きながら、台所で何度もおおきく深呼吸を繰り返す。
(なんやねん、あんな…顔…反則やろ、可愛いすぎるっちゅーねん。)
(どないなっとんねん…いつもならこんなん平気なはずやのに…。やっぱ二人きりやから、か…?)
そう思うと、今の状況を望んで創り上げたはずなのに、途端に恥ずかしくなってくる。 二人きりになど、しなければ良かったのかもしれない。 どくどくと体内を流れる血と一緒に激しい感情が循環していく。 顔に集まった熱は、いつの間にか体中に行き渡り、俺をいやに興奮させた。

自室の扉の前で、もう一度おおきく息を吸う。 カチャリと音をたてながらノブを回し、部屋へ一歩はいると、自分の部屋ではないと錯覚する程に心地良い香り、そう彼女の香りが充満していることで、 落ち着かせたはずの情欲と言っても良い衝動が、己の中をまた駆け巡っていく。
「あ、謙也。どうしたの?」
「あ…いや、どうもせんで。」
へらりと笑い、オレンジジュースの入ったコップをふたつ、小さなテーブルの上に乗せる。 透明なカップの中で揺れるオレンジ色が、ひどくぼやけて見える。
(…あかん、やばいかも。くらくらしてきよった…。)
またひとつ大きく息を吐く。すると、不意に右手にあたたかなものを感じて、視線を向ける。 俺の手の上に、重ねられた小さな手。そう、の手だ。 どくり、と体の中心がまた疼いていく。止まらなくなりそうで怖いのに、どこかでそれを望む自分がいる。 このまま理性も体裁も羞恥心も全てを投げ出して、ただ欲望に身を任せてしまいたい。 彼女の体温と俺の体温を混ぜて、一緒に溶かしてしまえたら、どれだけの幸福が掴めるのだろう、なんて。



……俺はどうかしている。




「ねぇ謙也?今日、お家の人は?」
「え、ああ、居らんで。みーんな出かけてもうた。(俺が追い出したんやけど…、いっそ居った方が良かったかもなぁ…。)」
「…そう、なんだ。」
小さく笑い、彼女は俯いた。その頬が微かに赤く染まっているのを横目で捉えた瞬間、俺の中の何かがドクリと一度大きく脈打ったのを感じる。 警告の鐘が鳴り響くような感覚に襲われたが、それが更に俺を急き立てて止められない程加速していく。その感情はきっと情欲と呼ぶに相応しいものだった。

。」
喉が渇いてかさついていく。発した声は思った以上に掠れていた。 呼ばれて視線をあげた彼女の瞳が、潤んで揺れているのは、彼女も俺と同じ気持ちだということか。 ゆっくりと右手を彼女の頬に添えると、彼女は小さく声を漏らしながら微笑い、徐々に目を閉じていく。 小さく音を立てて唇を啄むと、彼女は身をよじり小さく声をあげた。
「…謙也、好きだからね。」
「…俺もや。」
そう言い終えると、彼女の手を掴みベッドへと縫いつけるようにして体を倒していく。



噎せ返るような甘い匂いは、どこから香るのか。 頭がくらくらする、体中が熱を帯びていく、奥深くの核が疼いて、俺を急かすのだ。 シーツにつくられた幾つもの皺と、二人分の重さで軋んだ音をあげるベッド。 彼女の小さな声が、俺の名前を呼ぶ。 止められそうにない情欲だけが循環していく中で、それに溺れられたらどれだけ良いだろう。






「…あかん!」
「…?謙也?」
ベッドに縫いつけていた彼女の腕から手を離し、体中に充満した情欲を振り払おうと頭を振る。 ゆっくりと彼女が上体を起こし、俺の手を握る。 揺らいだ瞳が、心配の色を帯びてどうしたのと尋ねてくる。
「あかん、…こんなん……あかんやろ。」
「…謙也。」
「…すまん、。まだ、あかん…。」
ぎしりとベットが軋む。彼女の上から体を退かし、ベットサイドへ腰をかけると頭を抱えた。

己の情欲に流されてはいけない。それでは、いけないのだ。

ゆっくりと彼女が姿勢を正し、ゆっくりと深く微笑んだ。
「…謙也、気にしなくていいよ。」
「すまん、ほんまに…。」
「あのね、私謙也になら、別にいいんだよ。謙也となら、平気だよ。」

そう言う彼女に、体の疼きは激しさを増す。けれど、それでも。
「…あんな、もし今のこと抱いたら…そればっかりになってしまいそうで、嫌なんや。 もっと、もっと、ちゃんと愛してるって、……上手いこと言えへんけど…今はまだ、あかん。」
今もし体を繋げてしまったら、俺はそれに溺れるだろう。なんて確信のない不安。 もっと今より上手に愛せるようにならなければ、彼女を抱く資格など俺にはないという、不安定な覚悟。
「わかった。じゃあ、待ってるね。」
「すまん。」
「ううん、いいよ。」
にっこりと笑った彼女が、俺の頬へと小さなキスを落とす。

疼いていく体の奥深くを上手に受け止められる日が来るまで、それはきっとそう遠くはないから、 そうしたら彼女の全部を、彼女の何もかもを、愛していこう。



.




「謙也、好きだよ。」
「おおきに。俺も大好きや。」