「ねぇ、梓。」
「おう。」
「手、繋ぎたい。」
「…おう。」
ぶっきらぼうに差し出された梓の右手に、自分の左手を重ねた。指と指を絡めると、梓の体温が私の中に浸透していくような気がして少し安心した。 私の手より一回り以上おおきな梓の手のひらは、節がごつごつしていて、私の手をまるごと包んでくれる。
「梓、肉刺増えたね。」
「まー、それくらいやんなきゃ強くなんねーし。」
「すごいね。」
「すごかねぇよ。」
不器用に言葉を重ねる彼の指の肉刺を確認するように、ひとつひとつ絡めた指を動かして撫でた。 春よりもずっと増えた指の凹凸が、どれだけ彼が努力しているかを教えてくれる。彼の努力がこの夏に実ればいいと願った。 梓みたいな努力家が星の数ほど居て、その誰しもが願っていることだとわかっている。 それでも、梓の努力が実を結べばいい。勝利がもたらす笑顔を梓に与えたいと、心の底から願った。


「ねぇ、梓。私にして欲しいことある?」
「は?」
「梓、沢山頑張ってるし、私は梓に色々してもらってるから。お返し。」
「…俺はなんもしてねーよ。」
「ううん、してくれてるの。手、繋いでくれたし。」
そう言って隣の彼を見上げると、彼は春よりも焼けた肌を赤く染めながら視線を逸らした。 空いている方の手で、首元を掻きながら屋台の金魚みたいに口をぱくぱくと開閉する。 良い言葉が見つからないのか、口をあけて息を吸い込んでは止め、と繰り返す彼はなんだか子供のようで可愛らしい。
「手ぇ繋いだのは、別にお前のためじゃねーし。」
「でも、梓からはあんまり繋いでくれないから…。」
「…俺も、繋ぎたいから。」
真っ赤に染まった首筋に、そのまま噛み付きたくなる。それくらい好きだと思った。 男の子は狼だなんて云うけど、もしかしたら私も狼になるのかもしれない。そんなくだらないことを考えて少し笑った。
「なに笑ってンだよ。」
「ううん、私は狼かもしれないと思って。」
「はあ?」
訝しげに寄せられた眉間の皺に手を伸ばすと、彼の空いた左手が私の手首を掴んだ。眉を寄せたまま、彼はじいと私を見つめる。 色素の薄いおおきな丸い黒目の中に私が写っている。それがなんだか特別なことのように思えて嬉しかった。
「どうしたの?」
「…狼は、男がなるもんだろ。」
真っ赤に染まった首筋に私が噛み付くより早く、彼が乱暴に唇を合わせる。キスとは言い難いくらいに乱暴なファーストキスが梓らしい。


唇から離れた熱を惜しく思う自分が可笑しくて、私はまた笑った。
「んだよ…。」
「ううん、梓、ありがとう。」
「…別に…。」
「梓も狼だったね。」
「そりゃ、俺だって…男だし。」
「うん。ねぇ梓?」
なに、と言いかけた彼の唇に、今度は自分から唇を重ねた。さっきよりは優しくゆるやかに。

が一緒にいてくれれば、俺はそれでいいんだからさ。」
「そう?」
「そうなんだよ。」
「ふふ、そっか。」

little (私たちはまだ狼になりきれない)