どこまでが恋で、どこからが愛になるのだろう。
好きだという気持ちの大きさは、一体どこで量るのだろう。何と、どうやって比べる?
映画や漫画の中の人たちは、簡単に「愛してる」と言う。言葉を選ぶことも、気持ちを量ることも、私には難しい。
「どうした?」
雑誌をめくる手を止めて、彼は私の顔を覗き込んだ。
「ん?」
「なんか考えてたろ、固まってた。」
「たいしたことじゃないよ。」
そう言って笑ってみせると、彼は眉を顰めた。首を傾げ、瞳だけで真偽を問うてくる。
窓の外では、鳥が鳴いていた。
秋風に揺られた葉の乾いた音と混ざって、ひどく哀しい声で鳴いているような気がする。
雨が降り出しそうな暗い雲間から、夕焼けの橙色が差し込んでいる。おかしな空だな、そう思った。
先ほどまで読んでいた漫画を閉じて、浜田を見た。
「どうした?」
先ほどと同じ言葉を、先ほどよりも少し柔らかい声音で彼が紡ぐ。
「浜田に言う言葉を考えてた。」
「おう、なに?」
「でもちょうどいい言葉が見つからなくて、困ってたところ。」
「はは、変なやつだな。」
「いつものことだよ。」
私の言葉にくしゃりと面相を崩す彼の額に唇を寄せた。
途端に止む笑い声に、今度は私が笑った。なんとなく嬉しかった。
「…なんだよ、いきなり…。」
少し頬を染めて、骨ばった指で首を掻きながら彼は私の行動を訝しんだ。
「なんか、したくなったから。」
「お前なー…。」
言いながら浜田の眉根の皺がほぐれていくのを見て、息をつく。
言葉では表せない、この気持ちをどう伝えたらいいのかわからない。
好き?愛してる?そのどちらでも、違う気がする。
彼を抱きしめて、キスをして、離れたくない、独り占めして誰の目にも触れさせたくない。
それでも誰かに彼を自慢したい、笑う彼の隣で笑っていたい。
この気持ちは恋という一言で片付けられない、だからといって愛になるのか。
知っている言葉を浮かべては、これは違う、あれも違う、と切り捨てていく。
そうすると、頭の中に言葉はひとつも残っていなかった。
「…言葉じゃ足りないってことだろ?」
「ん?」
浜田の瞳は、あたたかくて優しい。そんな瞳を今この瞬間だけ、私が独占しているのだ。それは麻薬のように私を蕩かす。
「さっき言ってただろ、ちょうどいい言葉が見つからないって。」
「…だからキスしたってこと?」
「違うのか?」
「自惚れすぎ。」
私の尖った言葉に彼は笑った。
頭の中でいくつもの言葉が廻って廻って、ごちゃ混ぜになったそれらが分からなくなる。
正しい言葉が見つからないのは、ひどく哀しい。言葉じゃ足りないから、私は彼にキスをしたのだろうか。
そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。わからないことは、ひどく不安だ。
雨はまだ降り出していない。分厚い雲間からは相変わらず橙色の夕焼けがちらりと顔を覗かせていた。おかしな空だ。
ぐるぐる廻る思考の中で、そんなことばかり上手に考えられる私は、もっとおかしい。
「言葉にしなくたって、俺は別に構わないよ。」
「どういうこと。」
「そのままだよ。がキスしてくれて、そんだけで十分です。」
「…自惚れすぎ。」
「自惚れさせろよ。」
言いながら彼の顔が眼前に迫って、目を閉じた。
唇に触れるやわらかな熱を感じたら、なんとなく安心した。
こんな気持ちにつける名前を私は知らない。知らないけれど、それでいいのかもしれない。
橙